失恋、あるいは詩の裏切りとして――尾崎翠「第七官界彷徨」を読む①

 

 序にかえて、まずは本稿の成立過程を説明しておく。昨年の秋から冬にかけて、「春と修羅」では尾崎翠第七官界彷徨」をテキストに指定し、都合三回にわたって座談会を実施した。各自の読みや感想を交わしてみると、予想されていた以上に意見の相違が生じたため、既存の批評や研究の成果を踏まえながら、テキストの再読を通じて検証がなされた。議論をくりかえすうちに、複数の会員が先行研究への違和を表明し、それがテキストの根幹にかかわる事項であったことから、われわれはさらなる検討を重ねる必要があった。とはいえ複数人の作業にも限界があるので、本誌『枕木』の発行に合わせて、「第七官界彷徨」論を筆者が執筆するはこびとなった。あらためて断るまでもないだろうが、その多くを座談会での議論に負っていること、そして本稿が「春と修羅」の総意ではないことを念のため付記しておく。

 梗概に移ろう。本稿では、「ひとつの恋」をめぐる読みを再検討するとともに、尾崎自身によって示唆されていた「第七官界彷徨」の改稿がなされなかった理由についても、テキストのレベルで検証可能な範囲で探ってみたい。よく知られているように、現行のテキストからは初稿にあった冒頭の一文(「私の生涯には、ひとつの模倣が偉きい力となつてはたらいてゐはしないであらうか。」)が削除されていた。尾崎によれば、この一文を削除したことでそれを受ける最後の場面を省略せざるをえず、当初予定していた円環の構図が失われてしまったという。この変更について、尾崎自身は時間不足と作品への配慮からだと説明すると同時に、当初の構想にあった円環を実現する加筆の意志を表明していたのだが、結局この改稿は実現されなかった。本稿では、この挫折を現行のテキストに起因するものとして考え、実現されなかった改稿プランの(不)可能性を検証していく。われわれの考えでは、改稿プランを見なおすことが、現行のテキストの読みに新たな視座を与えてくれると思われるからだ。われわれには書かれなかったものについて語る資格はないが、書かれたものからその原因を検証する権利はあるだろう。

 

――「ひとつの恋」の位相

 

 「第七官界彷徨」を論じる際に、多くの論者を悩ませてきた事項のひとつに、冒頭で示される「ひとつの恋」の相手が不明瞭であることが挙げられるだろう。たとえば川崎賢子は、尾崎翠について論じたその優れた書物のなかで次のように記していた。

 

「ひとつの恋」とは誰とのどういう関係を指しているのか、〈私〉の恋のことであるはずなのに「やうである」などと、ことさら遠回しに語られるのは、いったいどういうことなのか。じっさいのところ〈私〉の「ひとつの恋」の対象は誰であるのか、まずはそこから読みは分かれる。

川崎賢子尾崎翠 砂丘の彼方へ』岩波書店、2010年、p.305)

 

 川崎の論考では、喪失の感覚がもたらす認識の枠組みの変化に着目し、「三五郎は失恋の対象となりえたが、恋の対象にはならない」(注1)として、「ひとつの恋」の対象から三五郎を退け、〈私〉にとって問題となるのは柳浩六との恋愛であると結論づけられていた。目前の相手に恋愛の感情を抱くのではなく、その相手が去ってしまったあとにはじめて「失恋」というかたちで見出される恋。「私はひとつの恋をしたやうである」と婉曲的に語られる恋とは、川崎によればそのような事後的な恋であった。

 いったん整理しておこう。まずは現行のテキストの書き出しを確認してみる。

 

よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあひだに私はひとつの恋をしたやうである。

稲垣眞美編『底本尾崎翠全集』上巻、筑摩書房、1998年、p.277)

 

 ここで〈私〉は自分の身に起きたことについて、いくぶん遠回しな言い方で語っている。この語りのおぼつかなさは、〈私〉の恋の相手がはっきりしない理由のひとつと言えるかもしれない。しかし、この箇所でむしろ重要なのは、これから語られることになる「ひとつの恋」の物語が、「よほど遠い過去の」出来事についての回想だと判明する点だろう。語る〈私〉と語られる〈私〉の距離や時制のズレが意識されていることはじゅうぶん銘記しておく必要がある。

 語り手が自身の恋愛を語る箇所は冒頭だけではない。書き出しの一節を受けて、物語の終盤まで〈私〉と三五郎の関係に「ひとつの恋」を重ねていた読者は、あまりに唐突な次の一文に戸惑うことになる。

 

 私の恋愛のはじまつたのは、ふとした晩秋の夜のことであつた。

(同前、p.356)

 

 物語の焦点を「ひとつの恋」に当てる書き出しにはじまり、テキストの九合目ほどまで読みすすめてきて、この一文である。それまでの記述が全て「ひとつの恋」以前の出来事であったと明らかになるとき、くりかえすようだが読者は大いに困惑するだろう。実際のところ、これまで問題にしてきた「ひとつの恋」の対象が不明瞭である原因は主にこの一節にあるといってよい。〈私〉と三五郎の関係に「ひとつの恋」をみるとすれば、このあとに語られる「恋愛」とは何だったのか。「ひとつの恋」ではなく「(最低でも)ふたつの恋」ではないのか。もし仮にこのあと語られる恋愛が「ひとつの恋」だとするなら、それまでの記述は何のために書かれていたのか。

 このあとに続く場面を要約すれば以下のようになるだろう。

 〈私〉の兄の一助と、その友人であり恋敵でもある柳浩六が、ひとりの患者をめぐって争っているところに〈私〉が出向いていくと、柳浩六は好きな詩人で〈私〉に似ている女性がいるといって彼女の写真を見せてくれた。最初は到底自分に似ているとは思えなかったその写真をしばらく見つめているうちに、〈私〉は「写真と私自身との区別を失ってしま」う。そのまま眠ってしまった〈私〉を置いて、先に帰った兄の代わりに柳浩六が家まで送ってくれたのだが、その道中で〈私〉は(三五郎に買ってもらうはずだった)くびまきを買ってもらう。柳浩六とはそれから二度と逢うことなく、彼が好きであった詩人について調べても、彼女が無名だったからかそれらしき詩人を見つけることは叶わなかった。

 川崎や渡部直己をはじめ、多くの論者が「ひとつの恋」の相手を柳浩六であると断定している(注2)。柳浩六の登場がこの場面に限られている以上、その根拠もまたこの場面の記述にあると考えるのが妥当な線だろう。そこであらためて川崎の論考を読んでみると、三五郎を「ひとつの恋」の対象から退ける記述は見受けられるものの、その対象が柳浩六であることの論証はほとんどなされていないことが分かる。しかしながら、恋の宛先をはっきりと確定させる手続きを踏んでいないかぎり、それは三五郎と柳浩六の二者択一から前者の可能性を否定する、いわば消極的な選択の結果にすぎない。正確を期するため、川崎が論拠となりそうな事柄を記述している箇所を見てみる。

 

 「第七官界彷徨」の語りは、三五郎と隣人との別離の挿話の後、わざわざ「私の恋愛のはじまつたのは、ふとした晩秋の夜のことであつた」(同前、三五六頁)と語りはじめる。いや、語りなおす。〈私〉にとって問題となる恋、「ひとつの恋をしたやう」であるとかぞえられる恋とは、その夜、はじめて出逢うひと、兄一助の友人・柳浩六のことであり、もはや三五郎は眼中にないかのように、物語は切断される。従兄三五郎にたいする感情の揺らぎは、兄の友人柳浩六との出会いのせいぜい前触れにすぎなかったかのように語りなおされるのだ。

川崎賢子、前掲書、p.308)

 

 引用された箇所(「私の恋愛の……」)が川崎の論拠であることは言うまでもない。付け加えるなら、渡部の論考において「ひとつの恋」の宛先が柳浩六であるのは自明のこととして書かれている節があるのも、おそらくこの箇所を受けての判断だろう。

 しかしこの判断にはやはり疑問が残る。というのは「私の恋愛のはじまつた」のが「ふとした晩秋の夜」だとしても、この一節だけでは「ひとつの恋」の相手が柳浩六であるという明白な証拠にはなりえないからだ。この一節のあとに続く場面で「ひとつの恋」の相手として考えられる可能性があるのは、はたして柳浩六ただひとりであったのだろうか。

 それだけではない。川崎によれば、「ひとつの恋」とは「喪失感のなかで、ふりかえる追憶の身振りによってはじめて恋であったと焦点化されるような恋」(注3)であった。

 

 ただ彼女はそのとき目前の関係からリビドーを汲み上げるのではなく、相手が去ってから「失恋」の形で恋をしていた〈私〉を見出すような恋の時間を生きる。町子が「ひとつの恋をしたやうである」と婉曲話法で語る恋は、どうみてもロマン主義的な、ただ一度のかけがえのない命がけの恋といったものとは異質の時間のなかで生きられた恋である。はじめて遭遇したひとに対する感情であっても、いつかどこかで味わった感情に通じるような、既視感や反復の意識をともなう恋。

(同前、p.309)

 

 ここで川崎は、町子は「相手が去ってから「失恋」の形で恋をしていた〈私〉」を認識すると述べているのだが、「失恋」のかたちで恋を認識するという追憶の構図じたいは、三五郎に対しても成立しているはずだ。三五郎は「失恋の対象となりえたが、恋の対象にはならない」と書いていた川崎の記述は、ここで矛盾をきたしている。「ひとつの恋」というものが「ただ一度のかけがえのない」恋とは別種の恋であるとするならば、「よほど遠い過去の」ことを回想する語り手が、わざわざ「ひとつの恋」に限定して物語る動機が存在しない。事態はむしろ逆であろう。ふりかえってみれば、ただ一度のかけがえのない恋だったと気づいたからこそ、〈私〉は「よほど遠い過去」の「ひとつの恋」について語っているのだ。一度きりのかけがえのなさは、遠い過去をふりかえる追憶の身振りのなかで見出される。どうやらあれが、一生を賭けた恋だったらしい、と。

 したがってわれわれが求めるべきは、語り手の回想を通じて焦点化される一度きりの恋の相手であるはずだ。物語が切断され、出会いの前触れのように語りなおされてしまう三五郎との恋でもなければ、切断ののちに登場する柳浩六との恋でもない、一生を賭けるほどの恋とはなにか。テキスト全体を通して希求されていた恋の相手とはだれか。

 いや、物語は切断されてなどいない。被写体を前に構図やアングルを探っていた撮影者が、ファインダー越しに適切な距離を見定め、対象にピントを合わせたそのときから恋愛ははじまる。あの一節で語り手は恋の対象にはっきりと焦点を合わせたのだ。被写体と自身の距離がふっと意識から消える瞬間、シャッターが切られる。

 そもそも恋の宛先が三五郎か柳浩六の二択に絞られていた時点で、先行する研究のいくつかは議論の前提から間違っていたといわざるをえない。モチーフとしての「くびまき」に注目し、ほんらい〈私〉にそれを与えるはずだった三五郎と、実際にくびまきを与えた柳浩六を結びつける向きもある。なるほど、くびまきを媒介にして物語の断絶をつなぎとめ、〈私〉の恋が三五郎から柳浩六へと移行することを示すというのはかなり説得力があるようにもみえる。しかし、その三五郎や柳浩六もまた「ひとつの恋」の媒介にすぎなかったとすればどうか。

 〈私〉は「人間の第七官にひびくやうな」詩を書きたいと願う少女だった。少女は第七官の詩を書くために失恋しなければならないと考えた。彼女が詩人になりたいという願いを打ち明けたのは三五郎に対してだった。彼女に好きな詩人を紹介してくれたのは柳浩六だった。その女詩人はいつも屋根部屋に住んでいて風や煙や空気の詩を書いていたということだった。〈私〉もまた屋根部屋に住んで風や煙の詩を書きたいと空想したりした。「けれど私がノオトに書いたのは、われにくびまきをあたへし人は遥かなる旅路につけりといふやうな哀感のこもつた恋の詩であつた」(注4)

 「第七官界彷徨」というテキストを通じて語られるのは、第七官の詩への希求と失恋の哀感であった。詩を書くために失恋が要請されるのであれば、〈私〉を突き動かしているのはただ第七官の詩を書きたいという衝動だけといってよい。はじめは第七官の定義すらもっていなかった〈私〉が、兄や従兄との共同生活のなかで、さまざまな体験を媒介にして第七官のイメージを膨らませていく。そして〈私〉は、ひとりの詩人と出会うのである。

 「小野町子」という姓名の持ち主である〈私〉は、この姓名が「小野小町」という「たいへんな佳人」を連想させることに気づまりを感じていた。名のある佳人(歌人)を思い起こさせることは、柳浩六が〈私〉に似ているといって教えてくれた異国の詩人が、「佳人」でありながら「たぶんあまり名のある詩人ではなかつた」のと対照的である(注5)。しかし、この対照的なふたりが無媒介的に触れあう瞬間、彼女たちの距離は無に等しい。具体的には、以下の場面を思い出そう。

 

この異国の女詩人ははじめ私が一助の横からみたほどには佳人ではなかった。私はペエヂを横にしたり縦にしたり、いくたびかみた。そしてこの詩人は、やはり一人の静かな顔をした佳人で、そして私はいつまでこの詩人をみても、やはり柳浩六氏の見方に賛同するわけにはいかなかつた――私自身は佳人に遠いへだたりをもつた一人の娘にすぎなかつたのである。

 辺りが静寂すぎたので私は塩せんべいを止してどらやきをたべ、そしていつまでも写真をみてゐた。そしてつひに私は写真と私自身との区別を失つてしまつたのである。これは私の心が写真の中に行き、写真の心が私の中にくる心境であつた。

(前掲書、pp.362-363、傍点引用者)

 

 「私の心が写真の中に行き」「写真の心が私の中にくる」、この反転をどのように受けとめるべきなのだろうか。「私自身は佳人に遠いへだたりをもつた一人の娘にすぎなかつた」という記述を字義どおりに解釈すれば、町子は写真の詩人とちがって、見目うるわしい女性ではなかったということなのだろうが、事態はそう単純なものではない。〈私〉が姓名と容姿の隔たりに悩んでいた理由は、直接的な外見の問題というより、〈私〉の詩が連想させるイメージと姓名のもつイメージとがそぐわないことにあったからだ。町子が「私の詩か私自身かに近しい」筆名を考えなければならないと思っていた点を想起しておく必要がある。

 詩人は〈私〉がはじめに見たほどには「佳人」ではなかったけれど、それでも「やはり一人の静かな顔をした佳人」であるなら、柳浩六が指摘するような外見の類似から〈私〉と詩人の距離を埋めることはできないはずだ。〈私〉と詩人を結ぶ接点があるとすれば、外見ではなくむしろ詩の魂、詩の「心」とでも言うべきものにちがいない。名のある歌人を思わせる姓名の持ち主で、詩人志望でもあるひとりの娘が、詩心を交わすことで無名の詩人と共鳴する。そのとき彼女は、自分が恋におちたことにまだ気づいていなかっただろう。詩人と交換した「なにか」に無自覚だっただろう。彼女がそれを自覚したとき、〈私〉は語りだす。「よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあひだに私はひとつの恋をしたやうである」と。語り手の〈私〉が遠い過去の記憶を手探りでたぐりよせるとき、その深層でいまなお色あせずにいるのはひとりの無名詩人である。

 

 

(注1)川崎賢子尾崎翠 砂丘の彼方へ』岩波書店、2010年、p.308。

(注2)例として渡部直己「男たちの「格闘」に「女の子」の仕草を添えて――横光利一尾崎翠」『日本小説技術史』(新潮社、2012年)を挙げておく。

(注3)注1に同じ、p.309。

(注4)『底本尾崎翠全集』上巻、稲垣眞美編、筑摩書房、p.365。

(注5)この対照性については、川崎によって既に同様の指摘がなされていた。前掲書、p.275を参照。